Knowledge Partners メンバー紹介

記事のカテゴリー名の先頭の【 】で囲まれた文字列が、その記事を投稿したメンバーを表しています。

【WI】 … Knowledge Partners 特許業務法人の所属弁理士WIの日記です。
【DY】 … Knowledge Partners 特許業務法人の所属弁理士DYの日記です。
【事務員A】 … Knowledge Partners 特許業務法人の事務員Aの日記です。
【所員B】 … Knowledge Partners 特許業務法人の所員Bの日記です。
【所員J】 … Knowledge Partners 特許業務法人の所員Jの日記です。

「明細書評価」ではKnowledge Partners 特許業務法人のメンバーがクライアントから頂いた執筆品質評価の例を紹介します。

theme : 仕事
genre : 就職・お仕事

橋下とともにどこへいく?

お茶の間を沸かした弁護士の橋下さんが大阪をひっかき回しています。
劇場型政治とは小泉さんの頃によく言われましたが、
その後も政治は劇場型の傾向をますます強めています。

教育改革に熱心な橋下さんは、
・君が代斉唱を拒否する教員はクビにする。
そうです。
でその橋下さんは、
・オーケストラを解体して学習塾のクーポン券財源にする。
そうで、
あげくのはてにカジノで大阪にあぶく銭を呼び込むもくろみのようです。
いや全く、たいしたもんだと思います。
国家主義、学歴主義、そして拝金主義と、
三拍子揃って、まったく良くできた近代の申し子と申しましょうか。
彼の頭の中はお金のことでいっぱいなんですね。

お金で苦労した人が政治に関わっても全然構いませんが、
竹中平蔵さんにしても、橋下さんにしても、
政治がお金儲けの極論に走るととんでもないことが起こります。
お金は単純なのでお金を軸にした強弁は説得力を持ちやすい。
かつてホリエモンなんかが支持を得たのも、そう言うことだと思います。
まあ、資本主義にしても共産主義にしても、
現代の政治経済システムはお金を軸にしているわけですが。

産業革命以来続いてきた世界的な経済成長の終焉が見え始めた今の時代、
お金が増えるほど身も心も豊かになるという思考習慣からはそろそろ脱却したいものです。
どうしたって経済は膨張し続けられないんですから。

福島に向かって合掌。

連休

先日、2泊3日で東京に遊びに行った。

 東京到着は夜7時。現地で働いている友人と待ち合わせして向かった場所は四谷にある「坊主バー」。
お坊さんが経営するバーだそうで、だいぶ前に、しかし昨年の高野山での修行体験後に、雑誌かインターネットで初めて知ったときから行ってみたかったお店。
神社の隣にあるこ汚い(すみません)雑居ビルの2階にあるお店に入ると、狭くて薄暗い店内には3人のお坊さん達。坊主頭に作務衣姿のお坊さん達がカウンターの中で働いていらっしゃる。
部屋の奥には仏壇がある。新鮮な光景だ。
予約してあったので、テーブル席に通してもらい、カクテル「極楽浄土」を注文。細長いグラスにカラフルな色が層になっていて見た目は鮮やか、味もフルーティーで美味しい。突き出しはそうめんをかりかりに揚げたもので、フードメニューも蓮根うどんや大徳寺納豆、他にもちょっと変わったものがあっておもしろいし、お坊さんとの会話も楽しかった。
普段は法話があるらしいが、この日はその法話担当の方が法事でいらっしゃらないとのことでお話が聞けなかったのが残念。

 翌日は新宿御苑を散策後、門前仲町に移動して毎日5回行われる護摩供養を見学するために深川不動堂に参拝。最近完成したという広くてきれいな新しいお堂での護摩供養はそれはもう大迫力。護摩が焚かれているすぐ横で3つの太鼓が叩かれ、その音が豪快すぎて最初思わず飛び上がってしまったほど。かなり大きい太鼓を、腰を落とし足を180度に開いてダイナミックに叩くお坊さんはショービジネスの世界にも入れると思う。

 こんな風に東京での二日間をお寺関係に費やしたところで、最終日は新大久保に行って韓国コスメを買い、サムギョプサルという焼き肉を堪能してきた。

 普段なかなか行けない場所にたくさん行けて有意義な連休でした。

theme : 日記
genre : 日記

チェロの続き 【事務員A】

 相変わらずチェロ・メタルバンドのアポカリプティカにはまっているおかげで、自分のチェロの練習も少しだけ頑張っている。
大人の習い事として始めて11年、やっと(今頃)音を鳴らせるコツが分かったというか、まぁ先生に教えてもらったんですけど。
今弾いている曲はヴィヴァルディの『四季』の中の『冬』の一部分。ゆったりした曲なので自分としては音が切れないようになめらかに弾きたいところ。
先生に演奏を聞いてもらうと、
音はそんなに切れていないけど、もうちょっと音を鳴らせないですか?とのこと。
どうも私の音は薄っぺらい感じらしい。なんとなくわかる。先生が弾くと、たった一音でも音がふくらんで幅があるというかなんというか、とにかく、音楽、というかんじ。私のは平たんな一音をつなげてるだけ。
ではどうすればいいかというと、ただ弾くだけではなく、
弓を引くときは脇を大きく開ける。
弓を弦に乗せたら段々コマ寄りに弓をすべらせていく。
さらに、なめらかにしたいからといって移弦のときに音をつなげ過ぎず、むしろ少し音を切る方がいいとのこと。
これでやってみると・・・
おおっなんだか前よりいい音が出てる(ような気がする)!
特にコマ寄りに弓を持っていく、というところで実感。
このやり方で、先生に楽譜の下のパートを弾いてもらって『冬』を合奏してみた。ちょっと音楽っぽい!?楽しい!!やっぱり音が合わさると楽しい。この曲はスローテンポで割と簡単なので自分もそれほど緊張せずに弾ける。
せっかく今やる気が少しあふれている時なので、今のうちに自主練にはげんでおこう。

theme : ひとりごとだよ。独り言。(-?ゝ-)ゞ
genre : 日記

チェロ 【事務員A】

ブログの著者【事務員A】のカテゴリーが「Cello Saxユニット」な割にはここ数年全くチェロのことに触れていない。

これはただチェロに対して情熱を失っているだけ。でも一応月2回のチェロの個人レッスンだけは続けていて、休日は1日30分から1時間程度課題曲の練習をしているがこんな調子では上達するわけがない・・・。
上達しないと自分が好きな曲も満足に弾くことができず、自分の演奏を聴いていてストレスがたまる。
一度先生に「自分の演奏を録音して聴いてみて分析した方がいいですかねえ?」と聞いたら一言、
「ショックを受けるからやめた方がいいですよ」。きっとその通りでしょう。

そういうわけで練習する気力もなく、好きな曲を弾いてはストレスがたまりさらにやる気をなくすという悪循環に悩んでいたところ、最近急にチェロが弾きたくなってきた。
きっかけは『アポカリプティカ』。
『アポカリプティカ』はフィンランドのヘヴィメタルグループだそうで、ボーカルなしのチェロ3人とドラム1人という構成。
たまたま動画サイトで発見して曲が哀愁ただよう綺麗なメロディだったので気に入り早速ライブDVDを購入したみたところ・・・何これ面白いんですけど!!
このバンド、起源はシベリウス音楽院という名門音大でヘヴィメタルバンドのメタリカ好きな4人が集まって学祭でカバーを演奏したのがウケてデビューしたらしい。なのでメタリカや他メタルバンドのカバーが多いが、メタルの激しさをチェロの超速弾きで演奏している。
右手の弓さばき、左手のビブラートともに残像が見える。超絶技巧とはこのことでは。しかも長髪メンバーは激しくヘッドバンキングしながら速弾き。チェロでヘッドバンキングって。かなり笑える。よく弾けるなあ。こんな感じで思わず笑ってしまいながら見ていたが、さすが元はクラシック畑の人々。テクニックはすごいし、曲間の哀メロパートやバラードではチェロを最高に生かしてうっとりするほど美しく弾きあげている。かっこいい。
私が初めて動画サイトで見た曲もメタリカのカバーだったようだ。驚き。メタルはクラシックに通じるものがあるそうですが、こういうことでしょうか。
久々に刺激的なモノを見て、やっぱりチェロって楽しいなあ、と。ちょっとまた練習がんばってみよう。

ちなみに彼らの映像を3歳の姪っ子と一緒に見ていたためか、姪っ子はチェロ=ヘッドバンキングと誤ってインプットしてしまった模様。
私のチェロを指さしては「ヘッドバンキングする」と言ってチェロで遊ぼうとしています。
弓を渡すとチェロを弾くマネをしながら頭を上下にふっています。
間違ってます。

theme : 小さなしあわせ
genre : 日記

節電の夏【事務員A】

 今年の夏は節電。

 私が通勤に利用している電車も1車両につき3本か4本蛍光灯を間引いて節電している。社内冷房も温度を少し上げているらしい。毎夏、電車の冷房が寒いと思っている寒がりの私には、これはとても嬉しい。

 家庭で使う電気はやはりエアコンと家電製品が大きいと思う。
自宅の、特に自室でのエアコン使用については、もともと毎年よほど暑くならない限り、または人が来ている時以外はつけないので良しとする。しかしテレビなどの家電製品については外出する際はいつもコンセント差しっぱなしの主電源つけっぱなし。いかんいかんと思いつつ、主電源つけっぱなし。が、今後は本格的に気をつけようとまず節電タップを購入した。テレビやオーディオのコンセントをタップにまとめて差し、外出前にパチパチと全て電源オフすることにした。慣れてみると意外となんてことない。しかもタップに刺さっている各コンセント毎のオレンジ色の電源ランプが消えるのを見ると、すっきりして涼しくなったような気がする。もっと良かったことは、帰宅して一度座ってしまうと今度は立ち上がってタップの電源を入れに行くことが面倒になり、テレビをつけなくなった。今まではとりあえずテレビをつけてしまって眺めてはあっという間に時間が経過していたので、時間も電気も節約できたことになり、これは収穫だと思う。

 この空いた時間に、世間では、ちょうど断捨離というものがはやっているようだし、長年開かずの間になっていた自室のクローゼットの整理をしてみることにした。
このクロ−ゼットは2畳分位の広さで、衣類の他に、何が入っているのか分からないボックスなどがいくつも山になっている。クローゼット中使用しているのは衣類スペースのみで、他は見て見ぬふりをしていた。とりあえずボックス群を引きずり出し、開けて中を出してみると、出るわ出るわ今更使えないガラクタだらけ。過去に海外旅行に行った時に記念になるかと現地でもらってきた新聞や店のパンフレット、風化して破れた氷枕、一度も使ったことのない何かの景品のリュックサックや雑貨、古雑誌、ビデオテープ、カセットテープ・・・・全部捨てよう!と決心しても、仕分けていると、まだ捨てなくてもいいか・・・と一瞬ためらう物が出てきてしまう。そんな時は、友達が断捨離の講師(?)に言われたという「ときめかない物は捨てる」という格言を思い出してどんどんゴミ袋に入れていった。大体、今まで存在すら忘れていたのだから。
半日がかりで作業し、結局たった2畳分のクローゼットから出てきたゴミは、

・ゴミ袋(大)が5袋分
・紙、ダンボールなどの資源ゴミが車の後部シート一杯。

かなり骨は折れたけど、この作業のおかげでクローゼットの中はかなりすっきり、見やすく、物が取り出しやすくなった。ごちゃごちゃした場所が片づくと風通しが良くなったようでかなり気分がいい。気を良くして次は家中の別の収納スペースを断捨離しよう、と思いつつも作業中と作業後は暑くなってついエアコンを入れたくなってしまうので、節電のため冬へ持ち越しすることにします。

theme : 日記
genre : 日記

草むしりとか【所員J】

 ここのところ、毎日、朝起きてから事務所に出発するまでの間に庭の草むしりをしている。

 庭には直径1.5mぐらいの円形の花壇エリアがあり、ジューンベリーやイチゴやハーブや花とかを育てている。花壇エリア以外はコンクリートか砂利で覆われており、草むしりの主戦場は花壇エリアとなる。
 花壇エリアは毎日草むしりするほど広くないが、毎日やらなないと気が済まなくなっている。決して使命感に囚われてやっているのではない。草むしりをしながら、毎日少しずつ成長する植物を見ていると、不思議と充足感が生じてくる。

 また、少し前までは、草むしりのついでに花壇エリアに植えてあるジューンベリーの木についたアブラムシの除去するのも日課だった。こちらはテントウムシの幼虫10匹ぐらいと共同作業である。4月の下旬に近所の公園から何度かテントウムシを採ってきて放しておいたら、幸運にもジューンベリーの葉っぱに産卵してくれた。幼虫は空を飛べないため、ひたすらジューンベリーの木についたアブラムシを食べてくれた。

 ただ、5月中旬ごろにはアブラムシの繁殖力が落ちてきたのか、アブラムシが不足してしまった。このころには、テントウムシの幼虫に情がわいてきてしまって、飢えないようにジューンベリーの木に他からアブラムシを移植しようかと本気で考えた。
 が、「ごめんね幼虫さん、おじさんは、そんな本末転倒なことをするほどマヌケではないのよ」と心のなかでつぶやきつつ、放置することとした。
 そのおかげで、5月の最終週から毎日5〜10粒ぐらいのジューンベリーの実(しかもアブラムシなし)が収穫を子供と一緒に楽しむことができている。ジューンベリーの実はサクランボに似た味で、美味しいかと聞かれると正直微妙なのだが、飢えに苦しんだテントウムシの幼虫たちのことを考えると美味しくないとは言えまい。

theme : 小さなしあわせ
genre : 日記

考えるとき

原発事故報道が盛んであるが、原発そのものを批判する報道はあまり見あたらない。
私たちが大東亜戦争をあり得ない愚行だと考えるように、
50年後の人々は現在の状況をあり得ない愚行だと考えるのではないだろうか。

さて、福島原発の事故報道で見られる政府や学者や原子力安全委員会のコメント末尾はたいてい”安全である”か”問題がない”である。もちろん、その前には条件が付いてはいるのだが、”危険である”とか”問題がある”という末尾になったコメントはほとんど見あたらない。だからこそ、ソフトバンクの孫さんの”危険だ逃げろ”というメッセージが目立つのである。
また、国内原発のメンテナンスには普段からホームレスの方々がスカウトされ、被爆限界を超えて何度もスカウトする違法行為が横行しているというような、外国で報道される醜悪な事実も国内では報道されない。
言葉を失うのが、”原子力は安全です。”というプロパガンダの流布を当面自粛するという電力業界の姿勢である。いったいこの期に及んで当面自粛とは、人命軽視も甚だしい。撤回謝罪以外にあり得ないではないか。

もし、日本政府や学者や原子力安全委員会が人の生命や健康を第一に考えているのであれば、これこれこういう条件の下では”危険である”というコメントを発表するはずである。危険を認識しなければ危険回避は不可能だからである。
日本政府や学者や原子力安全委員会は、何を守ろうとしているのか。
私たちが組み込まれている社会システムを根底から問い直すときだ。
被災地には人的金銭的支援をしつつ、被災から免れた私たち自身の未来についても真剣に考えたい。

そして避難の対象がたった半径350メートル圏内で避難期間も3日間に過ぎなかった過去の原子力事故(1999年9月に茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」で起きた臨界事故)でさえ損害賠償額は150億円である。避難対象範囲が面積にして7000倍を超える今回の損害賠償責任は(面積比率で単純計算すると1000兆円である。)、一体誰が負い、そもそも誰が負うことができて、そしてその費用を含めて原発が合理的だといえるのか、これまで原発を推進してきた似非インテリ達の言い訳を聞いてみたいものだ。

しかし何よりも、たとえ”原発は安全です”のプロパガンダにだまされていたとしても、私たち一人一人がこの状況に荷担してきた事実を認識することが重要だと思う。要するに、馬鹿でかいテレビを見ることをやめたり、オール電化をやめたり、産業電力を押し上げる消費行動を控えて、電力消費を3割減らせば即解決することは誰にとっても明白なのであるが、それをしようとしない社会全体の良心を問うことが私は必要だと思う。

そうしないことも個人の選択としてはあり得るとは思うが、その場合、同じ空間を共有する他者への賠償責任あるいは保証責任がその選択に伴わない現状は不合理である。例えば、電力消費量に応じて累進的に課税して還元するというような措置はあってしかるべきだろう。

何ごとも健康な”いのち”があってのことである。
子を持つ親としても、全ての人に”いのち”を大切にしていただきたいと思う。

がんばれ東北!

ライフラインが断絶している地域で大量に食事提供できる技術を持つ友人達が機材を持って被災地入りし、支援活動を開始しました。
http://40010.net/modules/tinyd4/index.php?id=9
四万十塾の木村氏は阪神大震災の復興活動に長期間従事した経験を持つ野外活動のエキスパートです。

現地では水、食料、燃料が不足し、救命活動にも全く人手が足りていないようです。
行政機関の集中的な支援活動管理だけでなく、実績のある民間団体の支援活動がなければ、到底追いつかない状況と思われます。

支援物資はおそらく全国から届いていると思われますが、その仕分けには高度な技術と経験が必要とされるといいます。過去の震災でその実力を発揮したJENも支援活動を開始しました。
http://www.jen-npo.org/

災害の悲惨さばかりが強調されていますが、現地では民間人が互いに助け合って行動しています。
外からの支援者も続々と到着していると思われますが、初期ほど民間人同士の助け合いが重要といわれています。
現地にあるのは絶望ではなく、相互扶助と再起への意志です。

がんばれ東北!

災害ユートピア

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小泉劇場、民主党劇場に続き、河村劇場が賑やかである。
そしてエジプトでは平和的な革命が実現した。

河村劇場の1つのネタは中央集権型国家の批判であるが、
総理を目指す彼が人気を背景にして得た権力を持って何をするのかは不透明である。
とにもかくにも、彼は強大な権力を手中にし、4割くらいの名古屋市民が彼の権力に期待を寄せているし、
エジプトでは、民衆がエジプト国旗を振って歓喜し、軍に対して多くの人が期待を寄せているようである。

さて、ホッブスは”リヴァイアサン”において人間の自然状態を「万人の万人に対する闘争」状態と規定した。この観念が近代政治思想の基礎となり、軍や警察といった暴力装置の国家による占有が肯定される理論的根拠となっている。

この闘争状態が自然なのかどうか、興味深いところである。大規模な自然災害が起こると、無政府状態となり、新聞やテレビといった大衆メディアはこぞってその惨状を報道する。しかし本書を読むと、大衆メディアによるこの報道は、現実を歪曲しているか、少なくとも非常に偏ったとらえ方であるということがわかる。

災害後には、自然に相互扶助社会が立ち上がり、いかなる統制も権力も存在しない状態で人々は連体し、非常な幸福感を感じており、その幸福な状態は軍や警察といった権力機構の介入によって崩壊したり、あるいは権力装置によってさらなる悲劇が発生するということを、本書は数々の災害の検証によって明らかにする。私にも、阪神大災害で利他的なボランティア活動に献身した友人が何人かいる。

無政府状態というと、”万人の万人に対する闘争”が発生している悲惨な状況を想像するのが普通の思考だと思うのだけれど、このような思考が生じるのは、大衆メディアや権力機構の宣伝や教育によって人間の自然状態を闘争状態だと信じているからである。

さて、国家権力を持たない先住民社会は、相互扶助社会であって闘争状態にはおかれていないが、
自然状態が闘争状態なのかユートピアなのか、その証明は困難であると思うが、災害社会学において前者は否定されているし、国家権力を持たない先住民社会は闘争状態にはなく相互扶助社会である。

しかし、現実に影響を及ぼすのは、それがいずれであるかということではなく、どちらを信じるかである。
プロフィール

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